坂之下 鈴ヶ峠(昭和東海道五十三次)

ページ番号1008788  更新日 2025年2月1日

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写真:昭和東海道五十三次 坂之下 鈴ヶ峠

タイトル

「昭和東海道五十三次 坂之下 鈴ヶ峠」

制作年
1931年

作品寸法

24.0×36.0cm

材質技法

絹本着色

場所
三重県亀山市
解説
坂之下(坂下)は鈴ヶ峠(鈴鹿峠)の麓にある。標高357mの鈴ヶ峠は箱根と並び称された東海道の峠の難所。東海道から鈴鹿川渓谷の向こうに見える筆捨山は、木々が生い茂る以前は奇岩が露出し、鈴鹿の景勝のひとつだった。狩野元信が描こうとして及ばず、筆を投げ捨てたことからこの名がついた。
『鈴鹿峠は舗装の新道を避けて、足もとが危ない、谷間の細い旧道を通って坂の下へ。絵にも描けないと狩野元信が筆を捨てたという、筆捨山を描いているが、小生はその伝説にひかれてこれも話の種にと、なんのへんてつもない山をスケッチしておく。』池田遙邨

地図:昭和東海道五十三次

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