■解説 |
大磯は鎌倉時代以来の宿場で、明治時代以降は海水浴場、別荘地としても知られる。花水川は川沿いの桜が水に流れるさまからこの名がついたという。川辺からは平塚から大磯にかけて、お椀を伏せたような形の高麗山が見える。
『ここで小生は相宿へ泊った。相宿というのは客同士が同じ部屋で寝食をともにするので、この名がある。その相手のひとりは雑貨の行商人、夕食の膳は無言で向い合ったが、宿の老婆が「この鰯はいましがた漁から帰り着いた船で買ってきたもので」と出された塩焼のうまさと客との気まずさが奇妙に鮮やかな印象で残っている。宿賃70銭。』池田遙邨 |