倉紡西側の掘割

ページ番号1002955  更新日 2025年1月25日

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倉紡西側の掘割 撮影年月日未詳

この地(現在の倉敷アイビースクエア)は、江戸時代に倉敷代官陣屋が置かれ、周辺の幕府直轄領を支配する拠点となっていた。陣屋は、寛保元年(1741)に起工し、延享3年(1746)に竣工した。慶応2年(1866)4月10日、長州第二奇兵隊の脱走兵による襲撃に遭い、陣屋建物の主要部分が焼失した。
明治維新に際して一時期倉敷県庁が置かれたが、明治21年(1888)に倉敷紡績所が設立されるとその工場敷地として選定された。

写真:倉紡西側の掘割
内田錬太郎氏寄贈フィルム3781

《参考》美観地区周辺の空撮 昭和54年2月12日

トップ画像に見られる部分の掘割(下の航空写真に青線で図示)は、現在は埋め立てられて残っていない。掘割の一部は、児島虎次郎記念館の側(トップ画像掘割の北側)にわずかに残っている。

写真:美観地区周辺の空撮(アイビースクエア:トップ画像の掘割位置)
安藤弘志氏寄贈写真〔航空写真〕151

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