倉敷市への空襲
水島空襲を知っていますか?
「廃墟の工場に残る一式陸上攻撃機の残骸」
倉敷市域でも、小規模なものを含め何度も空襲がありましたが、なかでも、昭和20年6月22日の水島空襲は、岡山空襲にも匹敵する大規模な空襲でした。
昭和20年6月22日8時36分、米軍の大型爆撃機B29の大編隊が、三菱重工業水島航空機製作所を空襲しました。工場は壊滅的な被害を受け、さらに爆弾が流れ弾となって東塚・南畝辺りにも落下し、痛ましい犠牲者を出しました。
水島空襲の被害者
県警防課の発表によると、その日の空襲による被害者は、死亡者11人、重傷者11人、軽傷者35人となっています。
当時、三菱重工業水島航空機製作所には約2万5千人が働いていましたが、休日だったため出勤者が少なく、工場従業員の被害者は、死者2人、負傷者3人にとどまりました。しかし、工場にいない人にも被害は及びました。「広い道が安全だ」と産業道路を歩いて小麦の脱穀作業に向かった女性とその孫が爆弾の直撃を受けて死亡しました。また、工場の休日を利用して連島から子守りに来ていた女性は、子どもを背負ったまま額に被弾して死亡しました。
水島空襲があまり知られていない理由
この水島空襲は、県内では岡山空襲にも匹敵するものでしたが、あまり知られていません。
これは、三菱重工業水島航空機製作所が海軍管理工場であり、当時の航空機工業は、国家の最高機密であったため、一般には公表されなかったからです。
水島は合計8回も空襲を受けた
水島は、昭和20年3月19日を最初に、合計8回の空襲を受けました。米軍の主目的は航空機工業の破壊で、東京や大阪、岡山などの都市の爆撃と異なり、工場だけを目標にした精密爆撃でした。
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