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諏訪 五老(すわ ごろう)
1848(嘉永元)-1918(大正7)
木彫家。京都市に生まれる。良胤と名乗り、作品に訪良胤(ほうりょういん)と刻した。初め五老と号し、晩年には春山を用いた。別号に琴江、遠来館などがある。幼くして宮家に仕え、その後、信濃守に任ぜられて従五位に叙せられる。江戸時代末期に次兄・渡辺斉之助とともに王事に勤め、太政官に出仕したが、在官数年で辞した。姫路の河野鉄兜に偏刀を自由に操る鉄筆彫を学び、平賀石泉にも教えた。倉敷市琴浦に居住し、一時期、茶屋町にも住んでいた。晩年は岡山市上西川に住み、1885年の明治天皇行幸の際、後楽園延養亭の大机に老松の彫刻を施した。