[作家一覧のページに戻る]古市 金峨(ふるいち きんが)1805(文化2)-1880(明治13)日本画家。倉敷市に生まれる。名は献、通称を啓三または哲蔵という。はじめ紺屋であった生家に因み藍山と号した。1822年頃、京都に出て岡本豊彦の内弟子となり四条派を修め、塩川文麟らとならんで逸材と称された。1830年頃郷里に帰り生家に画房を構え、備前一宮をはじめ各地に出張教授し、後進の指導にもあたった。晩年は南画を取り入れて画風を一変した。