倉敷ゆかりの文化人 一覧
薄田 泣菫(すすきだ きゅうきん)

(1877~
1945)
明治詩壇で活躍した倉敷市連島出身の詩人,随筆家。
詩集「二十五絃」「白羊宮」で、時代の先駆的詩人として認められました。また、大阪毎日新聞社に入社後、紙面に随筆を書く一方、学芸部長として菊池寛、芥川龍之介を起用し、新聞連載小説に新たな局面を開きました。詳細は次のリンクをご覧ください。
大野 昭和斎(おおの しょうわさい)

(1912~
1996)
総社市出身の木工芸家。1977年、岡山県重要無形文化財に認定される。1984年、木目に金箔を擦り込む独自の杢目沈金技法を完成させ、国の重要無形文化財に認定される。1992年、倉敷市名誉市民となる。大野昭和斎記念資料館については次のリンクをご覧ください。
井上 桂園(いのうえ けいえん)

(1909~
1997)
倉敷市真備町市場出身の教育書家。広島大学教授。
20歳代の若さで中央書壇に確固たる地位を築き、文部省の委嘱により国定教科書を執筆。戦後は検定教科書の執筆にあたった。詳細は次のリンクをご覧ください。
三島 中洲(みしま ちゅうしゅう)

(1830~
1919)
現在の倉敷市中島出身。二松学舎大学の創設者。東京大学教授。東宮侍講として大正天皇の教育にあたる。
横溝 正史(よこみぞ せいし)
神戸市出身の推理小説作家。昭和20年(1945年)はじめ,縁者の世話で東京から倉敷市真備町岡田に一家で疎開。「本陣殺人事件」「蝶々殺人事件」「獄門島」などの代表作をこの地で著述する。横溝正史が疎開した住宅を公開しています。
大山 康晴(おおやま やすはる)
倉敷市西阿知町出身の将棋棋士。十五世名人。大正12年生まれ。名人獲得期数は18期で歴代1位。ほかにも五大タイトルの独占、通算1433勝(歴代1位)などの大記録を樹立。日本将棋連盟の会長も務め、将棋普及に邁進した。平成2年、将棋界初の「文化功労者」の顕彰を受けた。
探しています
倉敷市では、将来の研究のため、ゆかりの文学者・文人・墨客の資料の情報を探しています。
皆様からの情報をお待ちしています。
〔参考資料〕備中国先師達の年譜図
PDFファイルをご覧いただくには、「Adobe(R) Reader(R)」が必要です。お持ちでない方はアドビシステムズ社のサイト(新しいウィンドウ)からダウンロード(無料)してください。
このページに関するお問い合わせ
倉敷市 文化産業局 文化観光部 文化振興課
〒710-8565 倉敷市西中新田640番地
電話番号:086-426-3075 ファクス番号:086-421-0107
倉敷市 文化産業局 文化観光部 文化振興課へのお問い合わせ