新板地震万歳
嘉永七年寅の霜月頃ハ五日
晩方海上鳴ける大地震,
合
コリャとふしやう,腰立かぬる,足元ゟ水も
さかまく,つなミもうち流けるハ
誠に苦しうそふらいける
合南無金毘羅大権現・南無瑜加
大権現,助てたひ給へ,そりゃまた
来た,とふ,とふ,とふ
おふた子供ハわんばくゆうやら,おろ
せばほへる,
合ヤレコリャ此子をとふしやうへ
火之元大事,おれハひら地へ,かゝハ
船へと,
合チリチリワカレユク
よろよろ,めきめき裏屋根の落る
音にて,
合ヒトヒトひつくり,しやうたくも
店も土蔵も一へんに,はたはたくだけて
われて,
合天道さんお助なされて
妙見さん,とあちこちむいていのられ
けるハ誠にあわれにそふらいける
合ゆりこんだらとふしやふへ,とうしやふへ,とふしやふへ
とろとろ鳴て来た,広小路へゆか
しやんせ,にしたんほふ江はしらんせ
皆かわらへ逃てゆけ,逃てゆけ,逃てゆけ,逃てゆけ
とふしやうへ,とふしやうへ,藪の中へはいらんせ
逃たる者ハ大勢小勢,後家も娘も
なりも恥も,さまうりこ,さまうりこ,さまうり,さまうり
広い処へへつたりと,もつたる
ござひろけて,そこの子供ハそばの
方へ寄合て,けんけんいわす,
合
皆さん御めんなさい,しいさん・はゝさん
ころばんせ,ほん小便せぬかいなと
皆霜にうたれて通し,いろいろ
けつこふに小家を立てそふらいしが
後後ハ袷(カ)よき持来る炬燵も
するやら飯たくやら,呑ミくい
有様ハ,けにも非人のけいふと見(カ)たます
次第にしつまり,ぼつとり,ぼつとり,ぼつとり,ぼつとり
やんだ,
合そんならおいとま
もふそふ,ゆりたしたら又来ましよと
皆それそれ我家に帰り安心さんせ
地震も納まる内にハ門あけ,内にハ
座が落,そつちもこつちも
世直しの御酒を一こん
悦ひ申ませふ
※
合に続く部分は合いの手(囃子詞)
新板地震万歳
嘉永七年寅の霜月,頃ハ五日晩方海上鳴ける大地震。合コリャどうしょう,腰立かぬる,足元より水もさかまく,つなミ(津波)もうち流けるハ誠に苦しうそうらいける。合南無金毘羅大権現・南無瑜加大権現,助てたび給へ。そりゃまた来た,と(疾)う,とう,とう。お(負)うた子供ハわんばく(腕白)ゆうやら,おろせばほ(吼)える。合ヤレコリャこの子をどうしょうへ。火の元大事,おれハひら地へ,かゝハ船へと。合チリヂリワカレユク。よろよろ,めきめき裏屋根の落る音にて。合ヒトビトびっくり。しょうたく(小宅)も店も土蔵も一ぺんに,ばたばたくだけてわれて。合天道さんお助なされて,妙見さん。とあちこちむいていのられけるハ誠にあわれにそうらいける。合ゆりこんだらどうしょうへ,どうしょうへ,どうしょうへ。どろどろ鳴て来た。広小路へゆかしゃんせ,にしたんぼふ(西田んぼ)へはし(走)らんせ。皆かわらへ逃てゆけ,逃てゆけ,逃てゆけ,逃てゆけ。どうしょうへ,どうしょうへ,藪の中へはいらんせ。逃たる者ハ大勢小勢。後家も娘もなりも恥も,さまうりこ,さまうりこ,さまうり,さまうり。広い処へべったりと,もったるござひろげて,そこの子供ハそばの方へ寄合てけんけん(喧々)いわす。合皆さん御めんなさい。じいさん・ばゝさんころばんせ。ほん小便せぬかいなと。皆霜にうたれて通し,いろいろけっこうに小家を立てそうらいしが,後後ハ袷よぎ持来る,炬燵もするやら飯たくやら。呑ミくい有様ハ,げにも非人のけいふ(軽浮)と見(カ)たます。次第にしづまり,ぼっとり,ぼっとり,ぼっとり,ぼっとりやんだ。合そんならおいとまもう(申)そう。ゆりだしたら又来ましょと,皆それぞれ我家に帰り安心さんせ。地震も納まる内にハ門あけ,内にハ座が落,そっちもこっちも世直しの御酒を一こん悦び申ませふ。
新板地震万歳
嘉永7年寅の年,11月5日の晩方,海鳴りがして大地震が起こった。合これはどうしよう,
腰が立たない。足元に水が逆巻き,津波も打寄せて誠に心配なことでございます。合南無金毘羅大権現・南無瑜加大権現,お助け下され。それ,又来た。早く,早く,早く。背負った子供は言う事を聞かず,下せば泣き叫ぶ。合やれ,この子をどうしよう。火の元が大事。
俺は平地へ,妻は船へと。合散り散りに別れて行った。よろよろ,めきめき裏屋根の落ちる音がして。合人々はびっくり。店も土蔵もいっぺんにバタバタ砕けて割れて。合「お天道様どうかお助け下さい」「妙見様」と,あちこち向いて(人々が)祈っている様子は誠に憐れでございます。合揺れこんだらどうしよう,どうしよう,どうしよう。(海鳴りが)どろどろ鳴ってきた。広小路へ行きなさい,西の田んぼへ走りなさい,みんな河原に逃げていきなさい。逃げていきなさい,逃げていきなさい。どうしよう,どうしよう。藪の中へ入りなさい。逃げている者は大勢,小勢。後家も娘も,なりも恥も。さまうりこ,さまうりこ,さまうり,さまうり(この部分意味不詳)。広い場所へべったりと持っているゴザをひろげて,そこらの子供は傍の方へ寄り合って騒がしくする。合皆さんごめんなさい。お爺さん,お婆さん,横になりなさい。小便せんか。皆霜に打たれ通し(で寒いので)色々結構に
(避難)小家を建てているが,後には袷や夜着を持ってきて,炬燵を据えるやら飯を炊くやら,飲み食いするありさまは実に貧しい者たちの浮ついた行動である。次第に地震も鎮まり,ゆっくりと収まった。合それではお暇しようか。この上また揺れ出したら又ここに来ましょう。みんなそれぞれわが家に帰り,安心しなさい。地震が収まっているうちに門を開け,家の内では座が落ちているが,そっちもこっちも世直しの御酒を一献傾けて,喜び申しましょう。